《私の本棚 第366 》 2026 令和 8年9月1日号   (青少年達へ)

 「 ぼ く 」  その2 もう一つの読み方  谷川俊太郎 詩
 
 この詩は 「絵本」 として発行された作品です。以前このサイトでご紹介したのは第318号、令和4年7月28日でした。なぜ?あの様な難しい詩を絵本として発行されたのか分かりませんでした。その気持ちは今もやはり同じです。絵本というのは子供達に向けたものです。そしてそれはニコニコとしながら楽しく読める筈です。でもあの絵本は極めて難しい。難解でした。
 しかし今年7月上旬に谷川様の様々な詩を読んでいると、何かしらの一つの事に対する表現が大変に多いことに気づきました。えっ?そんな言葉も使うの?という気づきでした。そんな中で 【ぼく】 をもう少し子供達に近づけると、どんなボクに成るだろうかと思いました。


ボク】 hpサイト管理者の読み方

   生まれてから今までボクは子供らしく生きてきた
   学校へ行って勉強をし友達とも楽しく遊んだ
   でも何かしら物足りなかった
   独りでいろんな事も考えたし本も沢山読んだ
   そうしたら走り回ったりケンカをしたりそんなことがつまらなくなってきた

   今までのボクの心は死んだ
   楽しく優しいお母さんのこどもだったのに
   違った心をもつ子供に変わってきた

        〈いつも楽しく友達と遊んでいた原っぱ
         その上に広がる青空は限りなく広い
         ワイワイと楽しく遊んでいたボクは何もする気持ちが湧いてこない
         僕は何も言い訳をしないけれど新しい自分を生きる〉

   大好きな友達と遊んでいるときの青空はきれいだった
   お母さんの作ってくれたおにぎりは美味しかったし麦茶も冷たかった
   勉強も運動も一番に成りたかった
   大人になったらお金持ちにも成りたかった
   でも今までの僕の子供心は死んだ
   お母さんにも友達にも何も相談しないまま自分の心は死んだ
   でも僕はいつもお母さんや友達のそばに居るよ
   何でか分からないけれど子供心の僕は死んだ
   何でそんな気持ちになったのか自分でも分からない


 物語も小説も詩も、その心は読み手にゆだねられます。こう読まなければいけないと言う決まりはありません。谷川様もそれは認めておられる筈です。谷川様がこの詩を絵本にされたことのお心は、今のところ私には分かりません。しかし若し私の解釈が間違っていたとしても、そんな風に読む人も居るんだなと許して戴けると思うのです。
 絵本 「ぼく」 を購入した日だと思いますが、同じく絵本 「そのこ」 と書籍を購入しました。書籍は 「そんなとき隣に詩がいます」 と題するもので、谷川俊太郎様と鴻上尚史様のコラボのような本です。それを7月初旬から読み直していて気づいた事があります。谷川様の詩は、或る意味で言葉を奔放に自由に使われていて、それでいて詩の心と大変よくマッチしています。同じ音の言葉でも、漢字・カタカナ・ひらかな、更に題名に 「うんこ」 「おしっこ」 「おならうた」 その他など、他の詩人では書けないようなものも沢山あります。詩なんですけれどそれでいて人生論のような作品です。
鴻上尚史様が次のような話しかけをされています。
 「あなたの症状にあった素敵な詩を見つけたら、暗唱するのも悪くないと思います。声に出すと詩は、とくに谷川さんの詩は別の顔を見せます。そして、お腹のもうひとつ深い部分まで、その言葉はすとんと落ちるのです。」 

 谷川様の詩を二つご紹介します。【ぼく】 と併せてお読み下さい


【生まれたよ ぼく】

   うまれたよ ぼく
   やっとここにやってきた
   まだ眼は開いてないけど
   まだ耳も聞こえないけど
   ぼくは知ってる
   ここがどんなにすばらしいところか
   だから邪魔しないでください
   ぼくが笑うのを ぼくが泣くのを
   ぼくが誰かを好きになるのを
   ぼくが幸せになるのを

   いつかぼくが
   ここから出て行くときのために
   いまからぼくは遺言する
   山はいつまでも高くそびえていてほしい
   海はいつまでも深くたたえていてほしい
   空はいつまでも青く澄んでいてほしい
   そして人はここにやってきた日のことを
   忘れずにいてほしい

 


【さようなら】
 
   
谷川氏はこの詩にふれ 「 これは自分ではなんで書けたのか まったく説明できない 」 と語っておられたそうです

   ぼくもういかなきゃなんない
   すぐいかなきゃなんない
   どこへいくのかわからないけど
   さくらなみきのしたをとおって
   おおどおりをしんごうでわたって
   いつもながめてるやまをめじるしに
   ひとりでいかなきゃなんない
   どうしてなのかしらないけど
   おかあさんごめんなさい
   おとうさんにやさしくしてあげて
   ぼくすききらいいわずになんでもたべる
   ほんもいまよりたくさんよむとおもう
   ひるはいろんなひととはなしをする
   そしてきっといちばんすきなものをみつける
   みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる
   だからとおくにいてもさびしくないよ
   ぼくもういかなきゃなんない


過去の、人生論ノートの 「みち」 も 参考にお目通し下さい
 
あんな本こんな本読書感想、谷川俊太郎、ぼく、もう一つの読み方、君子蘭、、、、、



 君子蘭


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